(2)1997年東京地裁判決
被害者(原告側)は、つぎの2つの主張に基づき、提訴した。
@ 民法上の不法行為
被告・鹿島建設は、帝国日本政府による1942年の閣議決定(華人労務者内地移入ニ関スル件)および1944年の次官会議決定(華人労務者内地移入ノ促進ニ関スル件)を受けて、原告ら中国人を強制連行した。すなわち、1941年に、中国人俘虜等を使い日本の労働力不足を補充すべく、俘虜の教育・訓練および供出業務を行うために設立された「華北労工協会」との間で、1944年、同協会が「保管」し「供出」する中国人を被告が「使用」するとの内容の「労工」供出契約の名の下に、被告が原告らを日本に強制的に連行したのである。そして被告は、原告・中国人強制連行者に対し、花岡鉱山において、強制労働および虐待を繰り返した。これらの行為は、暴力による威嚇によって強制的に過酷かつ非人道的な奴隷的労働を禁止する「ハーグ条約(陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約)」、「ジュネーブ条約(俘虜ノ待遇ニ関スル条約)」、「奴隷条約」並びに「強制労働ノ禁止ニ関スル条約」に反する違法な行為であり、これら条約は国際的な承認を有する規範として国内法における公序あるいは条理の内容を形成するので、本件の強制連行・強制労働は、民法上の不法行為(民法709条)にあたる。
不法行為に因る損害賠償請求権は、不法行為の時より20年経過した時に消滅すると規定する民法724条後段は、消滅時効を規定したものである。そして消滅時効の起算点は、権利が現実に期待できる時と解すべきであるが、第2次世界大戦後の日中関係や中国国内の事情によれば、原告らが、本件不法行為に基づく請求をすることは現実には不可能である。そしてこれが可能になったのは、日本政府が中国人の「移入」が強制連行であったことを認めた1994年6月22日であるのだから、この日をもって消滅時効の起算点とすべきである。
鹿島建設は、1990年7月5日の「共同発表」で法的責任を認めているのであるから、この時点で時効利益を放棄したものと解すべきである。鹿島建設の不法行為は、戦争犯罪として残虐性が高いこと、虐待や強制労働による不法行為によって事業利益を得た上、戦後、鹿島建設は、中国人を雇ったことにより損害を受けたとして、日本政府から補償金まで得ていること、鹿島建設は、不法行為の関係資料の隠滅や虚偽資料の作成を行ったこと等に鑑みると、鹿島建設の消滅時効の援用は権利の濫用にあたる。
民法724条後段が「除斥期間」に関する規定であるとしても、除斥期間の適用に際しては、信義則違反や権利濫用理論の適用が認められるので、鹿島建設が除斥の利益を主張することは、除斥利益放棄の撤回にあたり、信義則に違背し、権利濫用であって許されない。
A 安全配慮義務違反
原告と被告・鹿島建設の間には、労働力の提供に関する契約関係あるいは鹿島建設が労働力の提供を受けることを正当化する法令上の根拠は存在せず、強制労働の実態は単なる組織的な犯罪行為である。しかし、鹿島建設が原告らの起臥寝食の一切を支配し、原告ら強制労働者を使役し利益を得た以上、鹿島建設は、原告らの生命身体の安全はもとより、安全かつ適当な環境を享受できるように必要な措置をとるべき信義則ないし条理に基づく義務を負うものである。
華北労工協会と被告・鹿島建設との間で締結された「労工」契約は、「労工(華人労務者)」の契約期間、作業の種類、作業組織、賃金、作業用具の負担者、就労時間、宿舎施設、生活必需品の調達、衛生施設等の使用条件を定めており、原告ら強制連行労働者に対する安全配慮義務を鹿島建設が負うことを内容としており、第三者のためにする契約に該当する。この供出契約の効力については、それが法的外形に過ぎないことを理由にこれを否定することは、禁反言の原則に反する。原告らは、この供出契約に基づいて強制連行され、被告・鹿島建設に使役されることについて同意した事実は一切ないが、健康維持や労務提供可能な程度の体力を維持するに必要な食料の支給、肉体的・精神的疲労を癒やし、体力を回復するために必要な宿舎の提供、衛生管理や疾病に陥った場合の休養や治癒、気候や労働環境に適した衣服・靴などの支給、現場指導員らが暴力を用いて労働の強制を行わないように教育・監督を徹底すること、暴力を用いた指導員を発見した時には速やかに排除して再発防止をすること、過重な労働を強制し疲労の蓄積や衰弱による疾病に患らないよう休養をとらせることなどの安全配慮を再三要求しており、受益の意思表示をしている。したがって、被告は、原告らに上記供出契約に基づく安全配慮義務を負う。
被告は、華北労工協会から「労工」供出契約によって、原告ら中国人に対する包括的支配権を譲り受け、労務指揮権を有するに至ったのであり、この強力な支配服従関係から直接に安全配慮義務を根拠づけることができるし、当時の国家総動員体制下で、徴用された従業者と事業主とは直接的な契約関係に立つわけではないが、政府の指示・命令に基づく従業条件によって労働関係上の権利義務が成立するものと解せられるので、被告には安全配慮義務が生ずると解される。
以上のような原告側の主張に対し、東京地方裁判所民事第13部(園部秀穂・裁判長)は、提訴後2年半にわたり、計7回の公判を行ったが、1997年12月10日、上記2つの主張に対し、いずれも事実関係の主張・立証を行うことなく(事実審理を行わず)、法律審理のみに基づいて、つぎのような判決を下した5)。
@ 不法行為に基づく請求について
民法上の不法行為(使用者責任)については、「最も中国への帰国が遅い原告張肇国においても昭和二三年三月には被告による日本への強制連行という状態から脱しているというのであるから、・・・遅くとも昭和二三年三月末日の時点において、・・・強制連行、労働強制等の不法行為が終了していたことになる。」
民法724条後段の規定については、1989年の最高裁判決(最高裁平成元年12月21日
第1小法廷判決・民集43巻12号2209頁)に依拠し、「不法行為に基づく損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであり、被告の原告らに対する不法行為終了から本訴が提起された平成七年六月二八日までに既に四七年が経過しているから、原告ら主張の不法行為に基づく損害賠償請求権は除斥期間(二〇年)の経過により消滅した。」
また、除斥期間の援用や放棄の概念については、「原告らは、被告が法的責任を認める旨の共同発表を行ったことや被告の不法行為が戦争犯罪であり残虐性が高いこと等の事実に照らせば、被告が除斥期間経過による利益を受けることを放棄したと解すべきであるし、本訴において除斥期間の適用による利益を受けるのは権利の濫用である旨主張するが、除斥期間は、その性質上、援用ないし放棄の概念を入れるべき余地はないものと解すべきである」とした。
A 安全配慮義務違反による債務不履行に基づく損害賠償請求について
安全配慮義務については、1975年の最高裁判決(最高裁昭和50年2月25日第3小法廷判決・民集29巻2号1143頁)が解釈基準として示した、「安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきもの」という見解を踏襲した。そして、最高裁の解釈基準にいう「法律関係」については、「『法律関係』が認められるためには、当該労働者が当該使用者の指揮監督の下に労務に服すべき明らかな契約関係があること、又は少なくともそれに準ずる直接の契約関係を観念し得る法律関係があることを要すると解すべきである」とし、「原告らが安全配慮義務の発生根拠として主張する『法律関係』は、結局において被告による中国からの強制連行及び花岡出張所における強制労働という支配の事実に過ぎず」、「被告と本件労働者との間の直接の契約関係ないしこれに準ずる法律関係についての的確な主張ということはでき」ないと判示した。
この東京地裁が下した判決(いわゆる園部判決)は、戦後補償裁判のもつ歴史的・法的問題性を考慮することなく、形式的な法解釈論に終始したものであった。この判決は以下の点で、きわめて不適切な判決であったといえる6)。
第1の問題として、園部判決では、不法行為に基づく請求について、民法724条後段の規定を除斥期間と解し、形式論的に、20年の時間的経過により損害賠償請求権は消滅したとしている点である。除斥期間の問題は、戦後補償裁判における最大の法的障碍の一つである。民法学上、724条後段の解釈については、消滅時効説と除斥期間説との対立がある7)。民法724条後段の規定を消滅時効と解すると、時効の中断が認められる。この消滅時効説に立った場合、戦後の日中両国の関係を考慮すると、被害者らが強制連行・強制労働という「重大なる人権侵害」に対する被害回復のための権利や、裁判による損害賠償の請求権を行使できなかったという歴史的・政治的事情が認められ、時効は中断されると考えられるべきである。さらに鹿島建設は、1990年7月5日の「共同発表」で法的責任を認め、謝罪をしているのであるから、この時点で時効にともなう利益を放棄したものと解すべきであろう。また、除斥期間説をとったとしても、本件が戦争状態という異常な政治的・社会的状況の中で行われたということ、そして強制連行・強制労働が、「奴隷的拘束」と「意に反する苦役」という基本的人権に関わる問題であるとともに、国際法上「人道に対する罪」という戦争犯罪にあたる行為であり、「重大なる人権侵害」であること、加害者である鹿島建設および日本国政府が戦後こうした被害を放置し続けたという無責任な態度をとってきたことなど、総合的に判断すべき責務が、裁判所には課されているといえよう。除斥期間説をとる場合でも、裁判所は、以上のような戦争責任・戦後補償という歴史的課題を充分考慮し、厳密な事実審理と、現実に行われた「重大なる人権侵害」に対する回復を図るべく、正義と公正を旨とする条理にかなった法律解釈を行う必要があるであろう8)。
第2の問題として、園部判決では、安全配慮義務違反による債務不履行に基づく損害賠償請求の主張についても、何ら事実審理を行うことなく、形式的法解釈論で簡単に棄却している点である。とりわけ、原告らが安全配慮義務の根拠としてあげている法律関係は、「結局において被告による中国からの強制連行及び花岡出張所における強制労働という支配の事実に過ぎず」としている点については、真実を追究し、正しい法解釈を行う裁判所としての役割の放棄とさえ思える。つまり、園部判決の言わんとしていることは、強制連行および強制労働は、何らの法的評価も加えられない「事実」であるとし、いかなる法律関係も認められないので、安全配慮義務の有無についてはそもそも議論の余地はないとするものである。簡単に言うと、安全配慮義務違反に基づく債務不履行責任の主張については、法律上の契約関係がないところに債務不履行責任はありえないが故に、事実審理をするまでもなく、法律審理のみで判決を下すに充分であるというのが、園部判決の結論である。しかし、この裁判の核心は、判決の言うところの「支配の事実」がいかなる事実であったのか、またその事実はいかなる法的評価を受けるのかという点にあるはずである。そうであれば、「強制連行がどのように実行され、なぜに可能となったのか、鹿島組花岡出張所で一体何が起こったのかという『支配の事実』を審理することなしに、何物をも導き出すことはできないことはあまりにも自明なことである9)」という批判は、蓋し当然のことといえる。
註
5)東京地方裁判所平成9年12月10日判決(平成7年(ワ)第12631号 損害賠償請求事件)、判例集未登載。
6)ここでは、本稿のテーマとの関係で、園部判決の問題点については最少限のコメントを加えるにとどめる。この判決に対する批判については、福田・前掲註2)「鹿島建設 強制連行の企業責任認める−一転、歴史的先鞭つけ補償実現」155−160頁、新美・前掲註2)「花岡事件和解訴訟研究のために」17頁参照。また、本件の争点が民法解釈上の問題点にかかわることから、本判決についての民法学者の評釈を期待したい。
7)民法724条は,「不法行為ニ因ル損害賠償ノ請求権ハ被害者又ハ被害者ノ代理人カ損害及ヒ加害者ヲ知リタル時ヨリ三年間之ヲ行ハサルトキハ時効ニ因リテ消滅ス不法行為ノ時ヨリ二十年ヲ経過シタルトキ亦同シ」と規定し、請求権の行使につき、短期3年、長期20年の期間制限を設けている。短期3年の場合は、被害者またはその代理人が損害及び加害者を知った時を時効の起算点とする消滅時効であると考えられている。しかし本条後段の長期20年の期間制限については、その法的性質について、消滅時効と解するか除斥期間と解するかをめぐり古くから対立があった。前述の最高裁第一小法廷平成12年12月21日判決では、既述のように除斥期間説に立ち、その理由として、時効と解することは不法行為をめぐる「法律関係の速やかな確定」を意図する本条項の趣旨に合致せず、「一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものと解するのが相当」であるからとされた。この点につき、「学説は、民法制定後しばらくは二〇年は消滅時効であるといわれてきたが、しだいに除斥期間説が有力となり、近時は通説といわれるようになった。しかし、右の最一判平元・一二・二一が出たことにより、かえって、学者の多くは時効説をとり、また除斥期間説をとるものでも濫用の余地ありと解するなど、いまや時効説が優勢の感がある」とされている。(松久三四彦「消滅時効」山田卓生編集『新・現代損害賠償法講座@総論』、日本評論社、1997年、286頁。)
8)これに関し、中国から強制連行され、13年間北海道の山中で逃亡生活を送った中国人強制連行労働者が、日本政府に賠償を求めていた訴訟で、2001年7月12日、東京地方裁判所は、戦後、国は強制連行した人たちを保護すべき義務が生じたと認定し、国は原告の逃亡を知っており、逃亡後の生活は生命・身体の危険があることを予測できたのに、捜索し保護する義務を怠ったとの判断を示した。そして、除斥期間については、このケースのように「著しく正義に反する時は適用を制限できる」と判示し、政府に不法行為に基づく賠償を命じたのである(平成13年7月12日東京地方裁判所判決、平成8年(ワ)第5435号損害賠償請求事件、判例集未搭載)。しかしこの事例は、戦後補償問題としてはきわめて特殊なケースと考えられる。政府が逃亡した強制連行労働者を探さなかったからといって、除斥期間の適用がなされないとする判断については、議論があろう。
9)福田・前掲註2)「鹿島建設 強制連行の企業責任認める−一転、歴史的先鞭つけ補償実現」155−56頁。
内藤光博「戦後補償裁判における花岡事件訴訟和解の意義」専修大学社会科学研究所月報No.459(2001年9月20日)掲載より引用